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新装なった浄乗寺の山門! [浄乗寺]
秋の彼岸会は、長雨の晴れ間の一日でした。
ヒガンバナと、新装なった浄乗寺の山門。好対照でした。
ご住職はご満悦のようでした。
御影堂にも外廊下を回し、本式の本堂になって来たようです。
仕上がりが楽しみです。




ヒガンバナと、新装なった浄乗寺の山門。好対照でした。
ご住職はご満悦のようでした。
御影堂にも外廊下を回し、本式の本堂になって来たようです。
仕上がりが楽しみです。
孫の新しい体験 ヘリコプター搭乗 [自然・人生]
五月晴れの一日、近くの軽飛行場に孫と遊びました。
そこには、はじめて見る軽ヘリコプターが、駐機しておりました。
東海村出身というヘリコプターのライセンスを持たれている
市村正弘さんが、孫をヘリコプターの搭乗席に乗せてくださいました。
知識欲の旺盛な孫は、いろいろと舐りまわしておりました。
いい経験になったと思います。
その上、市村正弘さんがそのヘリコプターの飛ぶ姿を
特別に見せてくださいました。
孫の喜びようは、驚くほどでした。
家に帰って、まあちゃんに、事細かに説明して、
興奮冷めやらぬようです。
市村正弘さんのご好意で、写真を載せて見たいと思います。
搭乗席で、舐りまわす孫
ヘリコプターの全影
木製のプロペラを持つ軽飛行機
初めての馬との遭遇! [ごんごろ村]
孫と東大牧場に遊ぶ! [ごんごろ村]
さすが二宮町、いたるところに、二宮金次郎の像が! [高田山専修寺]
物部小学校の二宮金次郎像
二宮尊徳記念館境内の二宮尊徳像
二宮尊徳記念館内の等身大の尊徳像
今では見られなくなった、跳ねつるべ
年貢米か?珍しい米俵
陣屋の萱ぶき屋根
高田の専修寺の大恩会から、二宮尊徳記念館に回ってみました。
伊賀上野出身の美人の方がおられるかなと、淡い期待を込めてのことでしたが、
代わって、東大の赤門の前を通って女子大に通われたという、
下野美人が館内の案内をしてくださいました。
館内撮影OKということでしたので、館内の二宮尊徳像も写させていただきました。
案内の方が、地元の方でしたので、痒いところに手が届くほど、
詳しく説明を受けることが出来ました。
旧桜村が、どうして疲弊したのか、年貢の収納率を知りたかったのですが、
あいにくと、知らないとのことでした。
次回立ち寄ったときに調べておいてくださるとのことでした。
大恩会での、物部中尊徳太鼓の演舞! [高田山専修寺]
医療問題とごんごろ村の今! [ごんごろ村]
ごんごろ村の私の先祖は、旗本領で、4か村のお代官をしていたそうです。
小笠原の一門のご領主様は、3公7民というう江戸時代にしては、
軽い年貢だったようです。
お陰で、豊かな村落経営が出来たようです。
名主の方は、医師と寺子屋のお師匠さんも兼ねていたようです。
私もそのようなごんごろ村を作りたく、故郷に戻ってきました。
40年ほど前です。
近隣の子弟を集めて、寺子屋もどきをしておりました。
今では、臨床病理の准教授、脳神経外科の専門医を目指す若き医師、
製薬会社で、統計解析をする数学者、とたくさんの人材が育ちつつあります。
現在、医療問題で、評論家諸君が、テレビで、物知り顔で、話しております。
果たして、お話で問題が解決できるのでしょうか?
過日、友人の娘さんが、腹痛で地方中核病院に土曜日に行ったところ、万床ということで、
診療を断られたそうです。
幸い、ごんごろ村出身の医師がおりましたので、無事入院することが出来ました。
大腸潰瘍とのことで、約1ヶ月半の入院生活で、無事昨日退院できたようです。
巨視的には、責任のない評論家諸君の言動で事足りるでしょうが、
微視的に、いざ自分の番になると、やはり身近なところに医師が居ないことには、
思うようにはいかないものと思われます。
自前で人材養成、これこそが、時間とお金はかかりますが、
第一ではないかと思います。
ごんごろ村では、今年金に左右されない生活を送れるようにと、
インターネットの活用の研究をしているところです。
脳が元気なうちは、ネットで生活できればと思っております。
我が作出の花梅一輪! [自然・人生]
実生の梅を育成しております。
2年ほど前から花を咲かせてくれるようになりました。
花の芯付近が薄ピンクの可憐な花です。
名前はまだありません。
古花”道しるべ”の実生です。
なかなか好みの花は咲いてくれません。
数多くの実生の中の一木です。
大切にしてゆきたいと思っております。
私は田舎生まれ。
何も特色あるもののない田舎で生まれました。
足軽様の建てられた大学を出たのですが、
私の周囲には、医者も獣医師も、学者も、科学者もおりませんでした。
かつて、お家騒動に巻き込まれて、浪人した家系に生まれました。
その人は、寺子屋をしておりました。
その人の墓石は、お弟子さんの方々が建ててくださいました。
我が家は、赤貧洗うが如しで、墓石を立てる財がなかったそうで、
見かねて建ててくれたのかもしれませんね!
ですから、わたしも仕事のかたわら、寺子屋の真似事をして、近隣の子弟に
勉強を教えておりました。
この実生の梅のごとく、花を咲かせてくれそうになって来ました。
1人は、国立大学法人の大学で、この1月1日付で、
臨床病理学の准教授になりました。
もう一方は、外科医の専門医を目指して修行中です。
東北大学の院を出られた方も、研究者の道を進まれております。
この梅も同じように、育って欲しいものです。
これから接木の勉強をしたいと思っております。

道しるべの子

咲き始めのつぼみ
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